拷問遊戯―石抱き―  


 女は、三角形の角材を横に並べた台の上に正座させられていた。
 背中で両腕を縛った縄尻は背後の柱に括られ、上体の自由を奪われている。
 さらに、膝の上には重さ七貫もの石の板が積まれていた。
 尖った角材――十露盤板が臑に食い込む苦痛に、女は喘いだ。浅葱色の囚衣の胸元から湯気が立ち上がり、汗が襟を濡らしている。
 ……江戸時代におこなわれていた拷問、石抱きである。
 しかし今は平成の世。ここは拷問蔵や穿鑿所ではなく、それらを模して作られたセットであった。

    *

「どうだ、江戸時代の女囚になった気分は」
 作務衣のような服を着ている男が耳元でささやいた。
「わたくしは、やっておりません。なにかの、まちがいです」
 女は、役になりきって答えた。
「強情な娘だ」
 男は傍らに用意された重石を抱え上げると、女の膝の上に積み重ねた。
「うぐッ!」
 一枚ならば耐えられなくはない。だが、二枚目の重石を積まれた時、長くは持たないだろうと、女は少し弱気になった。それほどの激痛だったのである。
 ……これが江戸時代の拷問。わたしは責められている女囚。
 瞳を閉じて疼痛を味わっていた女は、身体に触れられる感触に眼を開いた。
 男が囚衣の襟に手を掛け、女の胸元をはだけたのだ。
「あッ、なにをなさいます!」
 男の手のひらが乳房を包み込み、やがて両の乳首を指先で摘ままれる。
「ああッ、それがお役人のなさることですか!」
 だが、胸の突起に与えられた快感は、臑を苛む激痛を一時的に緩和するほど刺激的なものであった。
 乳首が尖り、固くしこるまで男は嬲り続けた。
 じっくり、ねっとりといたぶられ、無意識のうちに甘い声が漏れ出る。
「これでは責めにならぬな」
 男は、胸から指を離した。かわりに手を掛けたのは、三枚目の重石であった。
 ごとりと音を立てて、女の太股の上に重石が積み重ねられる。
「うぐッ、ああッ! いたい……いたい……」
 重石は三枚で二十一貫、八十キロにもなる。
 文字通り、飛び上がるほどの痛みであったが、実際には僅かに身動きしただけでさらなる激痛に見舞われるのだ。ただじっと耐えるしかない。女の眼に涙が浮かんだ。
 三枚の石は両脇で縄でまとめられ、背後の柱に結びつけられた。これで、どれだけ女が暴れようと、重石が崩れることはない。そもそも、女の身にはそのような体力は無かった。あるのは、この責めは長く続くぞという絶望感であった。
 責めは下半身だけではなく、上体にも影響が現れていた。息苦しいのである。史実でも、石抱き責めで窒息死したという例があったという。
 作務衣の男は、箒尻と呼ばれる竹の笞を手に持ち、女囚の周りをゆるりと回った。
 自分が手を下すまでもなく、呻き苦しんでいる女の姿を堪能しているのだ。
 苦痛を望んだのは女のほうである。
 男は拷問遊戯のお膳立てをしてやった。
 女にとってこの男は、縄で縛って重石を抱かせてくれる、ありがたい存在として感謝の念を抱いていた。
 そして男の側からしてみれば、自らの手で女をいたぶるという愉悦があるのだ。
 男は重石に足を掛け、少しだけ揺すってみた。
「あああッ!」
 かすかに石が揺れただけで、女は泣き声を上げた。
 そんな反応を見ながら、男は更に力を加えてゆく。
「ひッ!いたい、ああーーッ!」
 女の涙と汗が、鼻先から滴り落ち、重石の上に点々としみを作ってゆく。
 重石は、前後に左右に揺れた。角材の突起が、弁慶の泣き所とも呼ばれる急所に食い込み、ごりごりと削った。
「どうだ、まだ申さぬか」
「ああッ、おゆるしください、わたくしでは、ございません……う、ぐおぉぉッ!」
 女の泣き声が獣じみた絶叫に変わる頃、男はようやく重石から足を離した。
 かわりに、涙で曇った女の瞳に映じたのは、男が手にした箒尻であった。
 笞の先端が汗ばむ喉元に触れ、顎を上向かせる。
 そして、囚衣からはみ出した乳房に打ち下ろされた。
「ぐあッ!」
 笞の痛みに身を捩ると、再び臑に激痛が走る。
 再び、胸を狙った笞が打ち下ろされる。
「あッ、ぐあッ、んあッ!」
 急所を痛打され、意識が朦朧としてくる。
 打擲が止み、再び男の足が重石の上に乗せられた。
 今度はより厳しく、体重を掛けるようにして揺さぶりを掛けた。
「うおおおッ! ああッ、ああッ、おやめください、おゆるしください」
 男が足を離し、重石の揺れが止まった。
「やったのはおまえだな、相違ないな」
 女は、涙にまみれた顔を力なく縦に振った。

    *

 三枚の重石が、太股の上から除けられる。
 後ろ手の拘束も解かれ、両手も自由になった。
 だが、十露盤板の上から自力で立ち退くことは到底できなかった。それほど消耗する責めなのである。
 男は背後から女の脇に手を掛け、身体を持ち上げた。
「いたいッ!」
 十露盤板から臑が剥がれる瞬間、女は悲鳴を上げた。流血こそないものの、角材が当たっていた箇所は赤紫色に腫れ上がっていた。
 女は、むしろの上に身体を横たえるが、重石で痛めつけられた腰から下は痺れて感覚が無い。後ろ手に縛られていた腕や、打擲を受けた上体にも鈍い疼痛があった。
 下肢に血流が戻ってゆくにつれ、脈打つような痛みが走ったが、先刻までの激痛に比べればものの数ではなかった。むしろ、この女にとっては甘美に感じるほどであった。
 そして、身体が退かされた後の十露盤板の上には、股間から流れ出た透明な液体が溜まっていた。
「よくがんばった」
 男がねぎらいの言葉を掛ける。
 女はむしろに突っ伏したまま、もぞもぞと頭を横に振った。
 勝ち負けでいうならば、自白してしまった女の負けである。
 もしこれが、江戸時代の本当の拷問であったならば、女は遠からず死罪を申し渡されるだろう。
 女はそれが悔しかったのである。
 自ら石抱きの拷問に掛けられることを望みながら、耐えきれずに屈服してしまった我が身が恥ずかしかった。
 一方で、手加減無しで責め抜いてくれた男への感謝もあった。
 なんとか上体を起こすと、男のほうを向いて手を付く。
「おありがとうございます」
 頭を垂れて男に礼を言った。
「こちらこそ、いい顔を見させてもらった」
 男は女の顔を両手で優しく挟むと、汗ばむ額にそっと口づけをした。
 女は顔を赤らめながら、困惑したような表情で言った。
「江戸時代のお役人さまは、そのようなことはなさいません」


(c) 2019 信乃


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