信乃は火盗改より密命を受け、とある女囚に接触するため女牢へと潜入した。
だが、牢内の言行を見咎められ、牢役人に疑念を持たれてしまう。
「お信乃、出ろ!」
格子戸を出た信乃は、下男の手で縄を掛けられた。
信乃は怪訝に思った。
お取り調べを受けるような話は聞いていない。そもそも、吟味の呼び出しは朝におこなわれる決まりだった。
一抹の不安にかられる信乃が引き入れられたのは、吟味をおこなう詮議所ではなく、拷問蔵であった。
鍵役は信乃を見下ろし、薄笑いを浮かべて言った。
「お前、牢内でなにやら嗅ぎまわっているそうじゃないか」
「は、はい?」
きょとんとした表情を咄嗟に取り繕ったが、信乃は内心で激しく動揺していた。
「誰に頼まれた? 何を調べている?」
「なんのことでございましょう。あたしは、そんな……」
「ふん、シラを切るか。まあいい、身体に聞けばわかることだ」
何故バレたのだろうか。いったい、どこまで知られているのだろうか。
そんな信乃の焦りをよそに、下男たちが動き始めた。
信乃は両脇を抱えられ、引きずられるようにして十露盤板の上へと連れられた。
尖った木材が五本並んだ責め具である。
素足で踏むだけで痛みを感じるその上に、正座を強要された。
囚衣の裾を捲られ、脛に十露盤の角が当たる。
「あっ、痛っ……」
反射的に立ち上がろうとするが、後ろ手の縄を掴まれで引き戻される。
そして、下男が二人がかりで運んできた平たい重石が、信乃の太腿の上に下ろされた。
「きゃ! あああっ!」
およそ十三貫、信乃の目方にも等しい重石が膝の上に乗せられた。
脛の痛みは耐え難いものとなり、信乃は悲鳴をあげた。
さらに、下男たちが次の重石を運んでくるのが見える。
乾いた音を立てて、二枚目の石が重ねられる。
「ううぅぅぅぅっ!」
下肢がじんじんと痺れる。特に、一番手前の突起に当たった足の甲が激しく痛んだ。
歯を食いしばって信乃は耐えた。自然と涙が溢れてくる。
「おめえ、何者だ? 何を探りに来た?」
「あたしは、そんなんじゃ……何かの、間違いです、ぎゃああああっ!」
鍵役が抱き石を揺さぶったのだ。
「そうかい? よく思い出しな」
石に足を掛けて、さらに激しく揺さぶった。
声の限りに、信乃は絶叫していた。
髪が振り乱され、汗粒が飛び散った。涙で視界が霞み、意識も遠くなる頃、ようやく重石の揺れが収まった。
石の上には、飛び散った涎や汗が点々と染みをつくっていた。
「はあっ、はああっ」
身体も性根も鍛えられている信乃にとっても、それは耐え難い拷問であった。並の町娘などに、とても耐えられるものではないと思った。
鍵役が箒尻を手に取った。信乃の目の前で、ブンと空振りしてみせる。
恐怖に引きつる信乃の顔を満足そうに見遣り、信乃の背後へと回る。
バシッ!
「くああっ!」
竹の笞が背中に振り下ろされた。
囚衣の上からではあったが、重たい衝撃に信乃は啼いた。
続けざまに、肩や背を箒尻で打たれる。
「がっ……ああっ……うああっ!」
笞の痛みに身体をよじると、膝上の重石が揺れて更なる苦痛に苛まされる。
芝居などではなく、本当に信乃は悲鳴をあげ続けていた。
喉が嗄れ、頭の中が真っ白になり、ぼやけた視界が紅く染まる頃、ようやく嵐のような笞打ちが止んだ。
脛の痛みは幾分和らぎ、悲鳴は呻き声へと変わった。
だが決して、責めの手が緩められたわけではなかった。
「まだ足りぬようだな」
鍵役は笞で指し示して、下男たちに指示を出した。
さらにもう一枚の重石が運ばれてくる。
「……!」
ゴツリと音を立てて、三枚目の重石が積まれる。
信乃の呻き声が途絶えた。
まともに息をすることすらできなくなり、ただ口をぱくぱくさせていた。
「吐け、牢内で何を企んでおる!」
「おゆるし、ください、どうか……ああっ」
かすれた声が、唇から漏れ出た。
「しぶとい女だ。それ」
下男たちが両脇から重石に手を掛け、揺さぶった。
左右に、前後に重石が揺れ動き、信乃の苦痛は限界に達した。
「う……ぁ……」
やがて、意識が遠くなった。
*
再び拷問蔵に拘引された信乃は、引き出された木馬を見て、息を呑んだ。
まさか!
鍵役がにやりと笑い、木馬の背に手を当てた。
「こいつに跨ると、どうなると思う? おめえの大事なところが、大変なことになるんだぜ」
「い、いや……そんな……」
背中に結ばれた縄が引かれ、梁から吊り上げられた。二人の下男が、信乃の両足を抱え上げ、木馬の上へゆっくりと降ろしてゆく。
「あっ、ああっ!」
信乃は、町娘のように泣き叫んだ。下手に耐え忍んで、勘ぐられてもつまらない。
両足首に縄を掛けられ、木馬の下で繋がれた。そして縄の真ん中に、三貫目の重石を吊り下げられた。
股間の痛みが一気に高まり、耐え難いものになった。
「うっ、ぐあぁっ!」
「言え! 何をさぐっていた」
「な、何かの間違えです。あたしは決して、そのような……きゃあんっっ!」
鍵役が信乃の腰を掴み、揺さぶったのだ。木馬の背に秘部をえぐられ、信乃は演技でなく本当に泣き叫んだ。
「ひいぃっ! く、うあああっ!」
信乃は髪を振り乱し、涙を流した。
鍵役は執拗に、信乃をいたぶり続けた。前後に、そして腰をひねるように揺さぶられた。
喉がかれるほど叫びつづけ、意識が遠くなるのを感じる頃、ようやく鍵役が手を止めた。信乃は激しく息をつき、あえいだ。
全身から汗が吹き出し、灰色の囚衣はぐっしょりと濡れていた。
涙でぼやけた視界に、鍵役の姿が映った。
「誰に頼まれた? 素直に話せば、降ろしてやるぞ」
信乃は懸命に呼吸を落ち着かせ、呻き混じりの声で懇願した。
「お、おゆるしください……ううっ、なにかのまちがえです、あたしは、そんな……ああぁっ」
「そうかい、まあゆっくりと考えるといい」
鍵役は、下男になにやら耳打ちすると、蔵から出ていった。
拷問蔵には、二人の下男と、木馬に跨る信乃が残された。
「お願いです、後生ですから、降ろしてください」
信乃の哀願にも下男たちは答えず、首を横に振るだけであった。