あれはただの夢だったのか?
それとも、私は時を越えていたのか?
三ヶ月ほど前、私は江戸時代に転生するという不可思議な体験をした。否、転生したかどうかは定かではない。ただ夢をみていただけなのかもしれない。
私はそこで、わけのわからない嫌疑で牢に入れられ、様々な拷問に掛けられた。
笞打ちに始まり、石抱き、海老責め、釣責めという、幕府公式の拷問。火付盗賊改役宅に移されてからは、水責め、駿河問い、木馬責めなどでいたぶられた。
それは、死よりもつらい体験だった。本当の拷問というものは、およそ耐えられるものではない。白状すれば死罪になるとわかっていても、苦痛に耐えかねて罪を認めてしまうものだと思い知らされた。
最期、磔刑に処された私は、夢から覚め、現代に戻ってきた。
――あれ以来、拷問のことが頭から離れない。
江戸時代の拷問に関する史料を、手当たり次第に集めた。
解説を読み、図絵を見ていると、私が受けた責め苦の数々が脳裏に蘇る。
――あれ以来、身体がうずきが止まらない。
正座すると石抱きの疼痛を、自転車に乗ると木馬責めの激痛を思い出してしまう。
両手首を背中に回してみると、後手に縛られ責められた記憶が蘇る。
乳首をつまみ、秘所に手をやると、陵辱された記憶が蘇る。
目をつぶると、鬼の形相の打役や下男が見えてくる。
与力の激しい糾問、怒号、笞の音が、頭の中に響く。
そして、悲鳴をあげて苦しみ悶える、私。
いっそ殺してくれと、死を切望するほどつらい目に遇った日々のことが、忘れられない。
その感情は、時が経つにつれて、甘美なものへと昇華していった。
――また、江戸時代の女囚になって、拷問に掛けられてみたい。
まさか、そんな戯けた願望を、私は抱いているというのか?
馬鹿な。私はマゾヒストではないはずだ。
だが、私が拷問というものに心惹かれていることは明らかだった。
ある秋の日の夕方、私は小伝馬町にある牢屋敷跡を再訪した。
跡地の一角、大安楽寺には、刑死者たちの慰霊碑がある。
私は線香を供えて、両手をあわせた。
無実の罪、または死に値しないような咎で処刑され、あるいは責め殺された人たちの鎮魂を祈った。そして、拷問というものに魅了されてしまった不埒な思いを懺悔した。
線香の煙と香りが辺りを満たした頃、その人はあらわれた。
「もう、こういった場所には来ないようにと言ったはずです」
唐突に後ろから声を掛けられた。
私は驚かなかった。またこうして会えるのではないかと予期、あるいは期待してここに来たのだから。
三ヶ月前、江戸時代を巡る幻想の旅に私をいざなった女性が、そこに居た。
私は彼女に告白しなければならないことがあったのだ。
しばらく逡巡した後、私は覚悟を決めて彼女と向き合い、瞳を凝視した。
「教えてください。もう一度、あの時代に行く方法を」
彼女はふっと目を細め、呆れたような、蔑むような視線を返してきた。
「ここがどういう所か、わかっているの? また、あんな理不尽でつらい目に遭いたいとでもいうの?」
私は返事を躊躇った。しかしもう心は定まっているのだ。
「……はい」
女性は一瞬驚いた表情を見せた後、ため息をついた。
「牢屋に入れられて、痛い思いをして、殺されて――また、あんな酷い目に遭いたいの? あなた馬鹿?」
私はうなだれて、ゆっくりと言葉をつむいだ。
「あの時に受けた拷問のことが、忘れられないのです。また、あんなふうに責められてみたいのです……」
私は胸中の想いを吐露した。それは、とてつもなく恥ずかしい告白だった。
空気が張り詰め、女性の放つオーラの色が変わった。私は恐怖を感じ、身体を震わせた。
やがて冷酷な声が私の耳を打った。
「なんて邪な娘。あなた、祟りを受けるわよ」
「すいません……」
「いいわ、また同じ目に遭わせてあげる。でも今度は片道だけ。行ったきり。二度とこの時代には戻れない。それでもいい?」
「えっ?」
私は意表を突かれた。そんな無体な条件がつけられるとは思わなかったのだ。
まともな判断能力があれば、あり得ない取引だった。
その提案を受け入れるのは、自殺に等しい選択なのだから。
未練は、あった。私はこの時代が好きだ。やりたいことは山ほどある。まだ死にたくない。
しかし、己の好奇心と、昏い念望がわずかに勝った。
私は今生を捨ててあの世界へ行き、そこで死ぬという決意をした。
「かまいません」
答えた瞬間、すべての感覚が失われ、私の身体は溶けていった。
「地獄に落ちなさい」
そう、それが私の選択だった。
*
「元数寄屋町加賀屋奉公人、真季。十八歳。そのほう、六月十日の夜、押し込みの手引きをいたし候、相違ないな」
伝馬町牢屋敷、穿鑿所の白洲であった。
私は浅葱色の囚衣を着て、手鎖をはめられ、吟味を受けている。
以前この時代にやって来た時と同じだ。
「いいえ、わたくしではございません。全く、身に覚えのないことでございます」
私は毅然と答えた。
これから始まるであろう拷問への期待と不安で身が震えた。
私は囚衣を脱がされ、縄で縛り固められ、身体を箒尻で打ち叩かれた。
久しぶりに味わう、笞の痛みだった。
私は悲鳴をあげて、涙をこぼした。これが私の望んでいた世界なのだろうか。
そして、私の牢暮らしが再び始まった。
二度目の拷問では、やはり石を抱かされた。
抱き石を増やされるたびに、身体が火照ってゆく。苦痛のせいではない。この状況に私は興奮しているのだ。
私は、痛みそのものを望んでいるわけではない。
罪を認めず、必死に拷問に耐えている我が身に酔っているのだ。
拷問されたいのではない。拷問されている女囚になりたいのだ。
前回私は、三枚の石を抱かされて音を上げたが、今回は屈しなかった。
現世の人生を捨ててこちらの世界に転生することを望んだのは、拷問に苦しみ悶えながらも必死に耐える女囚に憧れていたからだ。生半可な覚悟ではないのだ。簡単に転ぶわけにはいかなかった。屈してしまえば、夢の体験はそこで終わりだ。
その日の拷問は四時間にも及んだ。最後、血泡を噴いて悶絶した私は、半死半生の状態で牢に戻された。
私は、拷問されても白状しなかったことを同房の女囚たちに告げた。よくやったと、皆に讃えてもらえたのが嬉しかった。
私は裸に剥かれて寝かされると、全身を揉みほぐされた。まるで拷問の続きのような激痛に悲鳴をあげたが、こうしたほうが治りが早いのだという。筋肉の硬直が解け、滞っていた血流が戻ってゆく。私は全身を弛緩させて、だらしのない声を漏らした。
そこで私は、思わぬ指摘を受けた。股間が淫液にまみれて大変なことになっているという。お前は拷問されて感じていたのか、と皆に嘲笑されたが、牢名主いわく稀にそういう娘がいるのだという。
その夜は、臑の痛みで寝付けなかった。出血は止まっていたが、くっきりと凹んだ痕の残る臑を撫でながら、昼間に受けた拷問の余韻にひたっていた。
自然に股間に手が伸びた。私は秘所をまさぐり快感を求めた。衣擦れの音と、小さな呻き声がかすかに響いた。
牢名主――おきみさんに気付かれた。おきみさんは、すべてを承知しているかのように、いたわってくれた。
臑の傷痕を丹念に舐められた。柔らかな舌の這う感触に目眩がする。私は指先で自らの陰核をいたぶり続け、やがて小さな声を上げて達した。
囚衣をはだけられ、胸があらわになった。顔を寄せてきたおきみさんが、左の乳首を舌先でつついた。それだけで仰け反るような快感が走ったが、さらに舐められ、唇でつままれ、吸われた。同時に、右の乳首を指で優しくこねられる。
股間にも手が伸びてきた。敏感な部分を愛撫され、私は歯を食いしばって耐えた。ひときわ感じる箇所をさぐられた時には小さく呻いて、おきみさんを誘った。
両乳首と陰核にたまらない刺激を与えられ、私は身体を突っ張らせて再び果てた。
拷問を耐えたご褒美だと、おきみさんは私にささやいた。
ある日、私は初めての男性体験を味わうことになった。
夕食の後、女牢から引き出された私は、張番所に連れ込まれた。そして裸に剥かれて後ろ手に縛られた後、足が解けないほど深く座禅を組まされた。そのまま前に倒されると、両膝と額が支点になって身動きできなくなった。
今の体勢では、性器と肛門を高々と晒していることは想像できる。だがあまりに異様な状況に、羞恥を感じる余裕もなかった。
下男たちが出て行く気配がして、張番所はしばし無人になった。
やがて戸が開き、誰かが入ってきた。格好からして下男ではない。牢屋同心の誰かだろうが、うつ伏せにされているので顔を見ることはできなかった。
男は私の背後に回ると、尻を触ってきた。手のひらの感触は、腰から脇腹、そして胸へと移り、乳房を揉みしだかれた。戯れに両乳首を指でつままれ、私は小さく声を上げた。
男の手が股間に触れた。陰核をさぐられ、膣口に浅く指を挿れられた。
やがて、袴を脱ぐ衣擦れの音が聞こえた。
腰を掴まれた。秘所に一物の先端が押し当てられ、何度かつつかれた後、ゆるりと竿が割り入ってきた。
ちょっと痛いなと思っただけで、特別な感慨は湧かなかった。以前経験した、硬い笞の柄を無理矢理突っ込まれた仕打ちに比べれば、児戯に等しい。
男が抽送を開始した。腰を引かれたかと思うと、打ち付けられる。身体が揺れる。
――私は、牢番に犯されている、哀れな女囚なんだ。
えらく覚めた気分で、自分を客観視した。
平成に生まれた自分が、江戸時代の牢屋敷で、顔も見えない相手にレイプされて、処女を喪失している。あまりに荒唐無稽で笑ってしまいそうだった。
そして私の身体は、この状況を決して厭うていないことに気付くのだった。
私は呼吸を荒げ、喘いだ。
やがて男が短い呻り声をあげ、動きを止めた。
おそらく中に出されたのだろう。竿を引き抜かれる感覚があり、男の身体が離れていった。
そうして、私の初体験は終わった。
――結局その夜は、三人の男たちに犯された。
正直なところ、座禅を組まされた足が痛かったという印象が強くて、顔も見えない相手に輪姦されたという衝撃は薄い。
だが牢に戻された私は、布団の中で少しだけ泣いた。
私は、こんな不憫な女囚になることを望んでいたのだろうか。
その後私は、幾度も拷問に掛けられたが、決して罪を認めなかった。
業を煮やした役人は、火付盗賊改に拷問を委託するため、私を牢屋敷から役宅に護送した。
そういえば、火盗改の大河内は私の先祖だと、かの女性は言っていた。確かに私の母の母の実家は大河内だったが、真実のところはわからない。
火盗改役宅では、さらに熾烈な拷問を受けた。
責め方は、前回と全く同じというわけではなかった。歴史には多少の揺れ幅があるのだろう。
その日の私は、裸に剥かれて石抱き責めに掛けられていた。
石を三枚抱かされた上で、身体を竹笞で滅多打ちにされて、私はもがき苦しんだ。
ようやく笞の乱打が止み、青息吐息で苦痛に耐えている私の身体に触れるものがあった。
同心の一人が、背後から私の胸に手を伸ばし、乳房を両脇から包み込んできた。そして胸の先端を、キュッとつねられた。
思わぬ刺激を受けて、私は面食らった。乳を揉まれ、両乳首をコリコリと執拗にこねくり回された。私の漏らす喘ぎ声は、やがて嬌声に変わった。
――苦しむ時も悦ぶ時も、女は同じ顔をする。
そう言って、大河内は嗤った。
臑の痛みは耐えがたく、乳首から送り込まれる快感は抗しがたかった。痛いのか、気持ち良いのか、わからなくなる。
大河内が細長いムチを手にして、私の前にしゃがんだ。膝頭の隙間から差し入れられたムチの先端が、私の股間に当たった。
秘所をつつかれて私は悶えた。ムチの先端は徐々に場所を変え、やがて陰核を探り当てられた。
私はおとがいをのけぞらせて、小さく啼いた。
命さえ奪う石抱き責めの苦痛と、性感帯に与えられる快楽が混交して、頭がおかしくなりそうだった。
下男たちが抱き石に手を掛け、思い切り揺さぶった。脛の骨が砕けるような激痛に、私は絶叫した。
同時に、乳首と陰核に与えられる刺激が激しさを増した。私は頭を左右に激しく振って泣き喚いた。髪が舞い、汗と涙とよだれが飛び散った。
ついに錯乱した私は、なりふり構わず許しを請い、拷問の中止を求めていた。
黒手組の仲間であることを自白させられた後も、私に対する拷問は続いた。
「賊の隠れ家を吐け」
前回と同じく、答えようのないことを白状するよう求められたのだ。
ある日私は、逆さに吊られて水責めに掛けられていた。
水桶に頭を沈められたまま、身体を笞で打ち叩かれ、何度も水を飲まされた。水面から頭を引き上げられ、胸を小突かれ、私は口と鼻から水を吐き出した。息が整うと、また頭を水に沈められた。
笞で打たれる。息を吐き出す。水を吸い込む。呼吸できなくなり気を失う。水桶から引き上げられる。胸を小突かれる。水を吐き出す。意識が戻る。また水に沈められる。
そんな地獄の責めを何度繰り返されただろう。やがて私の呼吸は止まり、二度と息を吹き返さなかった。
*
「元数寄屋町加賀屋奉公人、真季。十八歳。そのほう、六月十日の夜、押し込みの手引きをいたし候、相違ないな」
意識が戻ると、そこは伝馬町牢屋敷の穿鑿所であった。
でも私は先刻まで、火盗改役宅で水責めに掛けられていたはず。
どうして?と自問するが、答えを察することは難しくなかった。
私は、水責めの最中に溺死したのだ。
そして、スタートポイントの穿鑿所、吟味の場に戻されたのだ。
――地獄とは、そういうことか。
私は、吟味と拷問というループの中に囚われたのだ。
おそらく、処刑、もしくは責め殺されると、このポイントに戻ってくるのだろう。
過去の記憶は失われることなく、受け継がれるようだ。
昔、こんなアニメをいくつか見たことがあった。それらの物語の主人公たちは皆、どうにかしてループから抜け出そうと足掻くのがセオリーだ。
私の場合は、どうなのだろう?
それから計十回のループを経て、私はこの世界の理解を深めた。
加賀屋の奉公人真季が、黒手組という強盗団の手引きをした疑いで捕らわれ、吟味を受けるという初期設定は動かない。与力の稲葉、火盗改の大河内、入牢時の同房の女囚たちの面々も変わらない。
だが、ストーリーの進行には不確定要素が多く、かなりの揺れ幅があった。先の例でいえば、牢内で犯されることもあれば、そうでないこともある。新たに入牢してくる者は、同じこともあれば初見のこともあった。拷問の内容は一定せず、火盗改役宅に送致されないこともあった。
十回のうち六回、私は黒手組の仲間であることを自白させられ、紆余曲折を経た後に処刑された。
残り四回は、拷問中に責め殺された。
いずれにしても、楽な死に方ではなかった。絶命時の激烈な記憶は、私の精神を著しく苛んだ。
その一方、私の拷問への耐性は増していった。
牢屋敷では、拷問の後の「ご褒美」を期待して、過酷な責めを耐え抜いた。
火盗改役宅では、時折混じる性的な責めに悦びを覚えるようにもなった。
特に、性器を直にいたぶられる木馬責めは、一番のお気に入りであった。引き立てられた拷問蔵に木馬が用意されている時は、心の中で狂喜した。女にとってもっとも厳しく、もっとも効果的な拷問を耐え忍ぶのは、私にとって至福のひとときだった。
ループの回数が百回を超えた。
伝馬町牢屋敷では、いくつかの裏技を覚えた。
牢内で騒ぎを起こしたり、脱牢の企てが露見した際には、相応の仕置きを受けるという決まりがあった。牢の中庭で笞打たれる「牢内敲き」の刑が主だったが、牢役人鍵役の裁量で決められる余地もあった。鍵役とねんごろの仲だった牢名主のおきみさんを抱き込んで、一芝居打って、拷問蔵の木馬で罰を受けるように仕向けることもできた。
正式の吟味では多くの役人が立ち会い、拷問には老中の許可が必要で、責め方にも規定がある。だが、牢内の規律維持は牢屋奉行と鍵役たちの専任事項であり、囚人の処遇は彼らの胸先三寸だった。
「生意気な真季を、木馬でいたぶってやってくださいまし」とおきみさんが鍵役にねだると、私は些細な咎をでっちあげられ、拷問蔵で仕置きを受けた。
木馬責めを喜んだのは、私だけではなかった。若い娘の責め場は、好色な役人たちの良い娯楽になった。手空きの牢役人のみならず、奉行所の与力や同心たちが招待されることもあった。私は、性器を責められて苦悶する姿を数多の男たちに晒した。
妊娠・出産を経験したこともあった。
牢内で犯され、孕んでしまった時は、役人たちの間でも大層問題になったようだ。こういった場合、大抵は秘密裏に堕ろされるようだが、たまたま牢内見廻りで露見したのがまずかったらしい。管理責任を問われて、誰かの首が飛んだかもしれない。比喩でなく。
妊娠中、および乳幼児を抱えている間は、拷問はおこなわない決まりとのことで、私は思いもよらぬ長い牢暮らしをすることになった。
生まれたのは女の子だった。みき、と名前を付けた。
一年後、みきは非人たちに引き取られてゆき、私への拷問が再開された。娘にもう一度会いたい。その思いにしがみ付き、私は耐えた。のべ数十回の拷問に掛けられても私は白状しなかった。
だが三年後、私の自供が無いにも関わらず、察斗詰により裁きが下された。
鈴ヶ森の刑場で磔台に高く晒された時、見物人たちの中にみきの姿を見た。私は娘の名を大声で呼んだ。みきがそれに応えた。
――死にたくない!
初めて抱いた強い感情だった。全身全霊で抗ったが、冷厳に刑は執行された。
ループのスタートポイントに戻された時、二度と会えないであろう娘を思い、私は泣いた。
その後も、ものすごく低い確率であったが牢内出産イベントが発生した。同じ子は二度と生まれなかった。私は子に名前を与え、やがて訪れる逃れられない別れに泣いた。
この世界のルールを試すような真似をしたこともあった。
曰く、私は三百年後から来た人間である、今後の歴史を知っていると述べ、江戸中期以降に起こることを予言してみせたのだ。歴史に介入することによって、何らかのリアクションがあることを期待したのだが、結果は散々だった。
私は世迷い言を撒き散らす不届き者として、老中直々の命により、常軌を逸した激しい拷問に掛けられ、責め殺された。
手を替え品を替え、何度も試みたが、私が未来人であると信じさせることはできなかった。
これも珍しいケースだが、途中で新たなストーリー展開が始まることもあった。
黒手組の隠れ家が強襲され、一味が討ち死にもしくは処刑されるという流れは動かなかったが、そこに至るまでの時間はまちまちだった。最短で三ヶ月、長い時は五年にも及んだ。その後は、用済みになった私は必ず処刑される運命だったのだが、まれに特殊なフラグが立つこともあった。
私が「黒手組が奪った五千両の隠し場所」を知っていると見なされ、拷問が続行されたのだ。秘密が外に漏れるのを防ぐためか、私は座敷牢に隔離され、火盗改が交代する際は後任に引き継がれた。
私はお宝の在処など知るはずもなかったが、知っているように見せかけることで命の保証を得た。重要な秘密を握る女囚を、絶対に責め殺してはならぬという御下命があったのだろう。結果として拷問は慎重なものになった。
私にとっては喜ばしいことに、木馬責めが多用されるようになった。木馬は女性に対してとても有効な責め具であったが、死に至らしめる危険性は低かった。むやみに揺さぶったり打ち叩いたりしなければ、長時間に及ぶ効果的な拷問が可能であったのだ。
その他には、煙を使ったいぶし責め、冬の雪責め、爪剥がしなど、珍しい体験を味わうことにもなった。私は拷問の実験台に使われたのだ。
最後は、司法取引を持ちかけられた。五千両の隠し場所を白状すれば、放免してやるというのである。破格の条件だったが、知らないものは答えようがない。
十一年間、私は生かさず殺さず責められ続け、最期は衰弱死した。
*
一体いつからこのループに囚われているのか、わからなくなるほど長い時間が流れた。
前世を懐かしみ、思い起こすことも少なくなった。親の名前は何だったか。マサとミナだったような気がするが、自信がない。友達のトモちゃん、ハヅキ……みんな顔を思い出せなくなっていた。
元の世界は、どんなところだっただろう?
やわらかな布団、豊かで美味な食事、数多の情報に触れることができる書。夏場でも冷気を浴びることのできる機械。座って排便する厠。
好きなものを好きな時に食べられる。自分の意思で、望む場所に行ける。そう、あの世界には自由があったのだ。
はたして、私は元の世界に帰ることを望んでいるのだろうか?
自由とは、それほど良いものだっただろうか?
自問する。私にとっての幸せとは何か?
それは……穿鑿所や拷問蔵に引き出され、厳しく詮議されること。苛烈な拷問に掛けられ、泣き叫び、意識が飛ぶまで、あるいは死ぬまで責められること。
憐れな江戸時代の女囚を「演じる」こと。それが私の幸せだ。
無限に繰り返されるループに囚われ、永遠に女囚として責め苦を受け続ける人生。最高じゃないか。
女牢の暮らしは快適とは言い難かったが、慣れてしまえばどうということはない。最初のうちは随分と酷い目に遭ったが、すぐに上手な立ち回り方を覚えた。
私はそれこそ何千年、何万年もここに住んでいるのだ。牢屋で起こりそうな事は、一通り体験していた。お金の作り方、買い物の仕方、役人の手懐け方や脅し方、仮病を使って溜へ行く方法、牢屋が火事になった時の対処、そしてわざとお仕置きを受けるためのお芝居。何でも知っていた。
余談だが、私は花札の達人になっていた。花札は、もっともありふれた牢内の娯楽であった。最初はルールすら知らなかったが、何千年もやっていれば、それは上手くもなろうというものだ。
火盗改役宅に送られた時は、独房に入れられ寂しい思いをした。だが、火盗改役宅で受ける激しい拷問は、とても刺激的だった。次はどんな手段でいたぶられるのかと、楽しみにするほどだった。
今の私は、とても幸せだ。
でも……。ふと疑問に思うことがある。
このループに終わりはあるのだろうか?
ループが終了したら、私は元の世界に戻されるのか? それとも消滅するのか?
私は再び、元の世界に想いを馳せた。
家族と暮らし、学び舎に通う私――想像するのは困難だった。
牢屋と拷問蔵、この夢の世界でいつまでも暮らしていたいと思った。
*
その日、私は火盗改役宅の拷問部屋で、石抱きの責めに掛けられていた。黒手組の仲間であることを決して認めようとしない私への拷問は、相変わらず熾烈を極めていた。
十露盤板の上に正座させられ、太股の上には四枚の石が乗せられていた。両乳首は、松葉のような形をした竹細工で挟み潰されている。さらに竹笞で身体を滅多打ちにされて、私はもがき苦しんでいた。
「吐け、真季! お前は黒手組の一味だろう! 彼奴らはどこだ! どこにいる!」
火盗改役、大河内自らが尋問する。重石に足を掛けて、激しく揺さぶられた。
私は息を詰まらせ、口から泡を噴いて苦悶した。
その時、拷問部屋に乱入者があった。
「親方、黒手組の隠れ家が分かりましたッ!」
「なんだと!」
「本芝の船宿、今井亭ですッ。公助のやつが突き止めました」
「よしッ」
大河内と二人の同心が、押っ取り刀で飛び出してゆく。
残った下男たちは、私の膝の上から重石を下ろしていった。十露盤板の上から身体を下ろされる刹那の激痛に、気絶しそうになる。
私は下肢の痛みに苛まれながら、先のやり取りを追想していた。
――本芝の船宿、今井亭
そうなんだ。黒手組の隠れ家って、そんなところにあったんだ。
いくら責め問われても、知らないものは答えようのなかった、黒手組の隠れ家。
その瞬間、私の頭にひらめくものがあった。
飛びそうになる意識を集中させ、しっかりと脳裏に刻み込む。
――次のループは、今まで知らなかったことを知っている状態で始まるのだ
私は牢に戻されたが、火盗改の役宅は静寂に包まれていた。おそらく総出で捕り物に出動したのであろう。
私は全身の疼痛に耐えながら、頭をめぐらせていた。今までできなかったこと、この機会にできそうなことをいくつか確認した。
宵五ツを過ぎた頃、邸内がにわかに騒がしくなった。おそらく捕り物から帰還したのであろう。私は牢番を通じて、首尾を伺った。
首魁の久兵衛以下七名、そして今井亭の若女将お涼、全員が討ち死にしたとのことであった。死体は、役宅に運び込まれたとも聞かされた。
――今井亭の若女将、お涼。初めて聞かされる名前であった。黒手組の協力者のようだが、気になる。
私は意を決して、死体との対面を願い出た。
「恐れながら申し上げます。わたくしは確かに、黒手組にたぶらかされ、押し込みの手引きをいたしました。身体を張って一味を庇ってまいりましたが、もはやこれまで。せめて皆の死に顔だけでも拝みたく存じます」
その申し出はあっけなく叶えられた。石抱きで痛めつけられて足腰の立たない私は下男に支えられ、死体が並べられた庭に連れ出された。
かぶされたムシロをめくり、龕灯に照らされた死に顔を一つ一つ改めてゆく。最後の一人、唯一の女性、これが若女将のお涼なのだろう。
切り裂かれ血に染まった萌葱色の着物、ざんばら髪、すっかり血の気が失せた顔。
そして、見開かれたままの双眸。
私は身体の震えを抑えることができなかった。
*
幾千、幾万回繰り返された鈴ヶ森での磔刑。
そして、伝馬町牢屋敷穿鑿所の白洲で始まる、新たなループ。
だが今回は、特別なものになるかもしれない。
「元数寄屋町加賀屋奉公人、真季。十八歳。そのほう、六月十日の夜、押し込みの手引きをいたし候、相違ないな」
「いいえ、わたくしは黒手組なる盗賊団の一味ではありません。しかし、拠ん所ない事情により、黒手組に関わる者に心当たりがございます。――本芝の船宿、今井亭をお調べください」
その場に居合わせた全員がどよめいた。吟味与力の稲葉は、膝を立て身を乗り出して大声を上げた。
「なんと申すか!」
「お願いがございます。今井亭の女将、お涼のお取り調べを。さすれば顛末もつまびらかになりましょう」
稲葉が逡巡している様子がわかる。私はだめ押しのつもりで申し述べた。
「よもやとは思いますが、今井亭に黒手組が潜んでいないとも限りません。十分なご配慮をお願い申し上げます」
吟味は直ちに中断され、私は牢に戻された。
種は撒いた。後は世界の反応を待つだけだった。
それから四日後の夕方、女牢に入牢者があった。
「牢入りぃ! 南町奉行所与力稲葉殿御懸り、本芝今井亭お涼、二十二歳」
「おありがとうございます」
名主のおきみさんにならって、女囚たちは鍵役に頭を下げた。
着物を抱えて裸のまま、鍵役に追い立てられるようにして、その女性が牢に入ってきた。
今井亭のお涼さん。そう、前回のループで私が亡骸をあらためた人だ。先日の私の告白により、黒手組事件の容疑者として捕らえられ、ここへ送られて来たのだろう。
おきみさんの指示で、入牢の儀式が始められようとしたその時、
時が止まった。
女囚たちは人形のようにぴたりと動きを止めた。
私は……動ける。そしてお涼さんも。世界は二人だけのものになった。
お涼さんは私のほうを向いて、口元にかすかな笑みを浮かべた。
この人とは、過去にまみえたことがある。前回のループの話ではない。もっと以前、気が遠くなるほど昔、どこかで会っていないか?
あッ!
「ようやく会えましたね、七瀬真季さん」
七瀬と呼ばれてもピンと来なかった。私には苗字があったのか。あったような気もする。そもそもこの女性は、なぜ私の名前を知っているのか。
「どう、この世界は楽しめている?」
「あ……」
刹那、遠い記憶が蘇った。
思い出した。私は、この人に懇願して、この世界へやって来たのだ。
「お久し、ぶり、ですよね?」
何と返事してよいものか見当もつかず、間抜けな言葉を吐いていた。
「そうね。一六六五三年ぶりね」
短いのか長いのか、現実感の無い数字だった。
それにしても、一体この人は、何者?
「地獄の目に遭わせてやるつもりだったけど、全然お仕置きになっていないから、呆れていたところ」
「すいません」
なぜか謝ってしまう。地獄を悦ぶ不届きな娘ですいません。
あなたは一体何者なのか? ここは一体どういう世界なのか? そういった根源的な疑問はひとまず横において、私は今一番気になっていることを尋ねてみた。
「あの、いいですか?」
「なに」
「黒手組の事件の顛末を教えてもらえませんか? 真季は無実だったんですか?」
その問いは意外だったようだ。ああ、という顔をして、お涼さんは語り始めた。
「真季は無実よ。黒手組とは何の関わりもない、ただの奉公人。関係があったのは、今井亭お涼のほうね。お涼は真季と同郷の幼なじみだったの。とある事情で、お涼は黒手組を匿う協力者になってしまったんだけど、黒手組が加賀屋を襲うことを知ったお涼は、真季を逃がすために、事件の夜に使いをやらせて呼び出したの。店を抜け出していた真季はそれで難を逃れたけれど、捕まってしまったのね」
そう。そして、その夜不在であったという理由で真季は疑われたのだ。
「お取り調べで真季は、お涼から呼び出された事を告げなかった。真季は感づいてしまったのね。お涼はあの夜、黒手組の押し込みがあることを知っていて、それを教えてくれた。姉のように慕うお涼が、黒手組と関わりのあることを察した真季は、それを隠そうとした。――そういう設定の物語よ」
設定、物語……まるで芝居や遊戯の話をしているようだ。
「今回は、早々に黒手組一味が捕縛されたし、お涼も生き残っているから、今後お白州で真相がつまびらかになるわ。一味とお涼は処刑され、真季は無罪放免。そういう脚本よ」
「じゃあ、その後、私はどうなるんですか?」
「もうこれで輪廻は終わり。元の世界に帰りなさい。あちらの記憶はだいぶ薄れていると思うけど、がんばって適応してね」
「えッ、その、どうしても戻らなきゃだめですか?」
いきなり帰れと言われて、私は戸惑った。
元の世界が懐かしいような、こちらの世界に未練があるような、複雑な心境だった。
「一万回輪廻してまだ足りない? いい加減解脱して、あなたの時計を進めなさい」
私は楽園追放を避けられぬことを悟り、落胆のあまり涙を流した。
「せめて、最後の思い出に、もう一度だけ……」
そんな私のわがままぶりを、お涼さんは笑った。
「いいわ。あなたは今晩、私に牢抜けの相談を持ちかける。私はその事を鍵役に告げ口する。あなたは破牢の疑いで拷問に掛けられる。そういう筋書きでいきましょう。お望みの責めがあれば応えてあげるわよ」
私は恥を忍んで、木馬責めを望んだ。
――そして、時は再び動き出した。女囚たちによる、お涼さんの入牢の儀式が始まった。
翌日、私は拷問蔵で木馬責めに掛けられていた。
牢抜けを企んだ由、白状するよう糺問されるという、これまでに幾度も経験した状況だった。
鋭く削り立てられた木馬の背に跨がらされ、両足に重石を吊り下げられていた。熱い息を吐きながら、私はこれが最後になるかもしれない責め苦を味わっていた。
やめて! 降ろして!
心にもない言葉で哀願する。それが吟味を受ける女囚のあるべき姿だ。すみやかに時がうつり、拷問の中止が命じられるのを祈るようにして待つのだ。
だが今の私は、拷問の永続を望んでいた。時が止まればいいのにと思った。
股間を中心にした、総身の激痛をいつまでも味わっていたかった。
なかなか口を割らない私に対する責めは、激しさを増した。
身体を揺さぶられ、笞で打ち叩かれた。私は身をよじり、声の限りに絶叫した。
朦朧とした意識の下、鍵役の怒号が頭の中で反響する。
知らない! 知らない!
そう訴えたかったが、もはや私の声は声になっていなかった。
手首や胸に食い込む縄、肌を打つ笞、股間を切り裂く木馬の背、足を引き伸ばす石の重み、流れる汗、視界を曇らせる涙、飛び散るよだれ、額や首筋に張り付く髪、叫びすぎて枯れ果てた喉、木馬の上から見渡す拷問蔵の様子、笞の音、木馬がきしむ音、役人の怒声、埃っぽい匂い……感じるものすべてをこころに刻んでおきたかった。
やがて、激しい頭痛とともに視界が暗転し、意識が遠くなった。
――さようなら、江戸時代の女囚、真季。
*
ここは、どこだろう。
いうまでもない……遙か昔に私が暮らしていた世界だ。
建物が高く、空が狭い。鋭い光が多く灯り、音を立てて車が走る。
自分の身を確かめる。珍妙な着物を着ているが、不思議と身体に馴染んでいた。
荷物をあらためると、巾着袋の中に小さな字の書が何冊かあった。それから小銭入れがあった。そして、木でも鉄でもない、手のひらに乗る大きさの……これはすごく便利で大切な物だったはずだ。でも、使い方が思い出せない。
――ただの夢オチじゃない。記憶が、飛んでいる。
これからどうすればいいのだろう? 帰る? どこへ?
私は荷物の中から、家の場所を知る手がかりを探した。服の隠しにあった手札に、それらしき一文を見つけた。
「東京都渋谷区恵比寿一丁目」。これだ。この文字の並びはなんとなく記憶にある。
私は、逢魔が時の街を歩き出した。
すったもんだの末、懐かしの家にたどり着いた時には深夜になっていた。一万三千年振りに見た母親の顔は、そうと言われればそうかもしれない、という感想だった。
私は、記憶の多くを失っていることを告げた。最初は悪ふざけと思われていたが、部屋の灯りのつけ方まで忘れている様子を見て、ようやく信じてもらえたようだ。
両親は大げさなほど狼狽し、翌日からは医者だのなんだのと連れ回される羽目になった。
日常生活に不自由しない程度に快復するのに、一月かかった。私は、一人で電車に乗って出掛けて、買い物をして、電気製品を使えるようになった。
ただ、学校の勉強はまったくわけがわからなかった。知識としては小学校からやり直しの水準だった。だが幸いなことに、過去に一度習った事柄は、きっかけがあれば思い出せるものも多く、ゼロから学ぶよりも遙かに早く習得することができた。私は元々、好奇心が強く、かなり勉強のできる子だったようだ。
この世界に再び順応してゆく過程はとても楽しかった。
でもこちらの世界に来てからも、江戸時代の女囚としての記憶が薄れることはなかった。長年の牢暮らしや、拷問のことを忘れられるはずもない。拷問の史料や創作物を見ると身体が火照った。
あの世界で受けた責め苦の数々を思い浮かべて、私は夜な夜な自らの身体を慰めた。
やがて、空想をオカズにした自慰だけでは満足できなくなった。身体が苦痛を求めているのは明らかだった。
高校を一年留年して大学に進学した私は、貯金をはたいて江戸の拷問を再現した映像作品を制作した。スタジオを借りてセットを組み、木馬や石抱きなどの責め具も用意した。役人と下男役の俳優を雇い、衣装やかつらも借りた。撮影と編集はプロに依頼した。そして、女囚役はもちろん私自身だ。
――久方ぶりに、拷問の気分を味わった。俳優さんたちはちゃんと役になりきり、鬼のような気迫で私を責め立ててくれた。もっとも、病院送りになるほどの怪我を負うわけにはいかなかったので、ほどほどに加減されたプレイであったけど。それでも、拷問に掛けられる女囚を演じられたことは、涙が出るほど嬉しかった。
江戸時代の女囚が様々な拷問に掛けられる様を撮ったそのビデオは、驚くほど売れた。制作費を回収できれば儲けものと思っていたが、利益が出てしまった。世の中、変な趣味を持つ人がいるものだ。
余談だが、この拷問ビデオは親にバレた。大層叱られたが、これはアダルト作品などではなく歴史趣味の一環であること、乳は晒したが性器は見せておらず、もちろん性交もしていないことを主張し、勘当は免れた。
ビデオは続編を制作することになった。私は趣味と実益のため、拷問蔵のセットを常設化、撮影スタジオとした。普段はレンタルスペースとして、縄会などに貸し出した。採算性は微妙だったが、趣味だから気にしないのだ。
その後も私は、定期的に拷問蔵で様々なプレイをした。盗賊団・黒手組の疑いを掛けられた娘という役は一番のお気に入りネタだったが、それ以外の設定と役柄を考えて楽しむ機会も増えた。棄教を迫られる切支丹宗徒、内偵先で捕まった隠密、などのシチュエーションも定番になった。
責め手も受け手も所詮は演技、ゴッコ遊びだということは百も承知だ。それに、あちらの世界で受けたような、血まみれになって、口から泡を吹いて、何度も気絶するような激しい責めは望むべくもない。
それでも、縛られ、笞打たれ、石を抱かされ、吊られ、木馬に乗せられ、苦痛に泣き叫ぶ私は、確かに江戸時代の女囚の魂を持っているのだ。今はそれだけで満足だった。
伝馬町牢屋敷跡には、折をみて足を運んだ。
だがあの不思議な女性、お涼さんが姿をあらわすことはなかった。
今日も私は、大安楽寺の慰霊碑にお花と線香をお供えする。
拷問に欲情し、あまつさえ商売にしている私の、昏きこころを懺悔するために。
(c) 2021 信乃