インターネット検索で引っかかる情報というものは、基本的に文章が電子化されて以降のものに限られる。だが昨今はOCRによって、1980年代以前の書籍、そして古書も電子化されつつあり、とてもありがたいことである。
もちろん全文が無料で読めるというわけではなく、キーワード周辺がプレビューできる程度であるが、それを元に書籍を講読すれば済む話である。
それではグーグルブックスを用いて、木馬責めの旅に出よう。キーワードは「木馬 拷問」で行こう。
『拷問と刑罰の中世史』
――また、軍隊でよく用いられた刑罰として、木馬責めの刑というものもあった――
――両足にそれぞれ二十キロ以上の重しをつけて木馬責めの刑に――
――少なくともアメリカでは木馬責めの刑による死者が一――
――一時間の木馬責めの刑に処す――
……などという文章が散見され、この本は木馬責め研究の上では欠かせないことがわかる。
『拷問史』
――ドイツでバンベルグ拷問と唱へるもので、それは木馬型の拷問臺に披拷者を載せ、背中を猫背のやうに彎曲させて縛りつける――
……これは前屈させるということだろうか。女にとっても男にとっても、厳しいものになるだろう。
『日本世界残酷絵画集』
――木馬の背を傾斜させて、またがったままとがった背の上をすべらせ、股を裂く方法も――
……木馬の上で股間に掛かる体重は半端なものではなく、容易に前後に動けるものではない。無理矢理それをおこなえば、会陰部からの出血は免れないだろう。
『東方學』
――以上の三例が上木馬の行われた場合であるが、三例に共通しているのは、上木馬が
謀反、叛乱などというきわめて重要な罪を犯した者に適用されていることである――
……これは日本の話ではありませんね。
『日本キリシタン迫害史』
――最初は木馬拷問であった。馬の背中に似た木馬の上にまたがり、その両足首に重い石を――
……木馬は、手始めにおこなわれるヌルい拷問という認識であったようだ。
『伝馬町牢屋敷』
――わが国で、木馬に乗せて拷問することはあまり行なわれなかったようである――
『町奉行』
――当時の牢獄図によれば、ほかに水責場、木馬などの拷問場のあったことがわかる――
『栃木県史』
――突棒一本、刺股一本、焼鐵三本、手カネ二十、肘錠一つ、箱提灯一つ、鳶口一本、棒二本、本縄三筋、械三足、無紋箱提灯一つ、拷問 木馬 1脚――
……ここに記された責め具は木馬だけであり、道具を用いない拷問が主流であったことが推察される。
『肥後藩の庶民事件録』
――背の尖った木馬台にまたがらせ、足に重石を下げ、後ろ手に縛った縛を釣るし責めのように天井の梁に通して、吊り上げてで行われていたもので、別名をやせ馬拷問ともいう――
……やせ馬拷問という呼び方は初耳。
『大阪町奉行と刑罰』
――加賀国大聖寺藩の水問、木馬、湯問、宇都宮藩の木馬――
――御定書制定以後は水責や木馬責は行われなかった――
……大聖寺藩、宇都宮藩、肥後藩では木馬責めがおこなわれていたことがわかったのは、新たな収穫である。
検索結果には研究書だけではなく、小説の描写もヒットする。
興味深いシーンのある作品は、通読してみたくなるものであり、読者獲得、販売促進に一役買うのではないだろうか。
『新幻魔大戦』
――女囚の拷問の図はさらに凄惨であった。木馬責めにあっている若い娘。鋭い三角形にとがった木馬の背に、両手を後ろで縛り、下半身をむきだしにした娘をまがらせる。天井の滑車で吊りあげ、木馬の上に落すことを何度もくりかえす。股間が裂けて血が流出し、凄まじい光景である。両足首にはおもりが結びつけられ、女囚の苦痛をいやが上にも高めるのだ――
グーグル先生で画像検索。キーワードは「木馬責め」。私の写真が何枚か出てくるが、当サイトからの無断転載ばかりである。情報のS/N比もよろしくない。
Bingでも画像検索をしてみよう。こちらのほうがおいしい結果が得られるが、国内AV、アダルトゲームの画像が多く、新たな知見が得られるということは、まあ無い。
キーワードを少し変えて「木馬 拷問」。
つらつらと見ていくと、日光江戸村と太秦映画村、そしてどこぞの秘宝館にある木馬の写真が見つかる。
世界にも目を向けてみよう。「wooden horse torture」「spanish donkey torture」などで検索。
今度は海外AVの画像が主になるが、博物館など木馬のレプリカ画像や、古い図版が増える。ヨーロッパでは実に多くの博物館・城で木馬が展示されており、羨ましさを感じる。そのすべてがレプリカだとは思うが、もしかしたらかつて実際に使用された木馬もあるかもしれない。