拷問遊戯―駿河問い―  


「駿河問いという拷問を、知ったのはいつ?」
「名和先生の『拷問刑罰史』で読んだときですから、高校の頃だと思います」
「どう思った?」
「全身から脂汗が搾られるとか、口から血の泡を吹くとか、ものすごく辛そうだなと思いました」
「でも、駿河問いに憧れた」
「はい。吊された格好がとても綺麗だと感じました。でも本当は過酷な拷問で、そのギャップを味わえたらいいなと思います」
「……今日、あなたは何になるの?」
「棄教を迫られて拷問に掛けられる、キリシタン宗徒になります」
 江戸時代の陣屋を模して作られたセットで、男と女の拷問遊戯が始まった。

    *

 囚衣を着た女はうつ伏せになり、背中側で両手首、両足首に縄を巻かれた。4本の縄は一つのカナビラ(金属リング)にまとめられる。このカナビラをウインチで吊り上げるだけで、駿河問いの形は完成する。
 カナビラもウインチも、風情が無いこと甚だしいが、責め手が一人しかいない状況では、安全と効率のためにやむを得ない。それらの道具が、女の視界には入らないことは幸いであった。
 ウインチが巻き上げられてゆく。床から腹が浮き、女の身体が揺れた。
 手首と足首、4カ所に体重が掛かり、ぐっと辛くなる。
 一番痛いのは、手首への縄の食い込み。それから逆海老に反らされた腰。
 さらに1メートルほど吊り上げられる。ゆるりと視界が回る。
 作務衣を着た男が平たい石を手に取るのが見えた。それほど大きいものではない。せいぜい5キロといったところだろう。恐れていたように、あるいは期待していたように、腰の上に石が乗せられた。
「ああッ!」
 女は重石の効果を甘く見ていた。わずかな重りが加わっただけで、背骨が折れそうな苦痛となり、身体中の関節が音を上げていた。
 汗が噴き出す。息が荒くなる。不安定な身体は、心まで不安にさせられる。
 男はしきりに、吊られて呻吟する女の写真を撮っていた。女が頼んだのだ。後日、自分が責められている写真を見ながら自慰をするために。
 10分ほどが過ぎた。このまま放置されるだけでも十分に拷問であったが、駿河問いの神髄はこんなものではない。
 男が、女の身体を回してゆく。ゆるりと、5回、10回と。徐々に吊り縄にねじりが掛かってゆく。
「転ぶか? 今転べば、このまま下ろしてやるぞ」
 女は小声で、神への祈りを捧げた。
 男は、女の身体から手を離した。
 束ねられた両手両足首、そして背中の重石を中心に、身体が回りはじめる。
 視界が横へ横へと流れ、その速度が増してゆく。
「あ……ぁ……ぁ」
 呻き声、そして涙が出た。
 縄の捩れが解けても、勢いのついた身体は止まらず、逆方向に捻りが掛かってゆく。
 ようやく回転がゆるやかになり、やがて静止した。
「ひいッ、ひいッ、ひいッ……」
 息が苦しい。身体中の関節が痛い。耐えがたい不快感。
 悲鳴をあげることもできない。女に許されたのは、ただ喘ぐことだけであった。
 男は女の身体をつかみ、撚りを増してゆく。5回転、10回転。
「転ぶか?」
 女は、男の問いかけに反応することすら辛く、かすかに首を横に振るだけであった。
 不意に男は、女の胸元に手を差し入れ、両乳首をつまんだ。
「ひ……」
 たまらない目眩と激しい苦痛、そこにかすかな快感が加わり、女の精神は錯乱した。
 指先で思うままこねくり回した後、男は乳首から手を離した。
 そして、再びコマのように回り始める女の身体。
 回転運動は加速し、1秒間に2回転するほど、激しいものになった。
 女の長髪が舞い、汗と涙と涎が飛び散った。
「うぁぁ……ぁぁ……ぁ」
 部屋の景色が横へ横へと、走馬灯のように流れる。
 耐えがたい頭痛の波が襲いかかる。
 やがて視界が赤くなり、暗転した。
 女の頭が、がくんとうなだれる。
 鼻から血が、口からは吐瀉物が、少ししたたり落ちた。
 女は気を失うほど責められても、信教を守り抜いたのだ。

    *

 女は意識を取り戻した後、一言「気持ち悪い」とつぶやき、筵に突っ伏したまま寝てしまった。男は、女から片時も目を離さず、呼吸をしている様を見守るのだった。
 3時間を経て、ようやく目覚めた女であったが、未だ立ち上がることはおろか、上体を起こすのも辛そうであった。
 そして、自分を限界まで責めてくれた男に頭を垂れた。
「死ぬほど気持ち悪くて、死んでもいいほど気持ちよかったです」
 女はそう嗤った。
「ちゃんと撮影して頂けましたか?」
「綺麗に撮れたよ。動画でもね」
「早く見てみたいです。でも今見たら、また目が回るかも……」
 責める者と耐える者。お互いに心は通わずとも、二人は幸せであった。


(c) 2019 信乃


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